大判例

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最高裁判所第一小法廷 昭和29年(オ)651号 判決

大阪市住吉区墨江西五丁目二〇番地

上告人

寺谷伊之助

三重県名張市本町三九番地

被上告人

株式会社 太道相互銀行

右代表者代表取締役

山田市三郎

右当事者間の約束手形金請求事件について、大阪高等裁判所が昭和二九年六月四日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告申立があつた。よつて当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告理由第一点について。

当事者の自白した事実が真実に合致しないことの証明がある以上その自白は錯誤に出たものと認めることができることは、当裁判所の判例とするところである(判例集四巻三一六頁以下)。原判決の趣旨は、挙示の証拠によれば被上告人の自白が真実に合致しないことにつき証明ありとなすに十分であると同時に錯誤に基づくとの点についてもそれらの立証によりこれを認めるに足るとしたものであるから、所論の違法はない。その余の論旨は、違憲をいう点もあるが、その実質は単なる訴訟法違反の主張であつて、すべて「最高裁判所における民事上告事件の審判の特例に関する法律」(昭和二五年五月四日法律一三八号)一号ないし三号のいずれにも該当せず、又同法にいわゆる「法令の解釈に関する重要な主張を含む」ものと認められない。

よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 真野毅 裁判官 斎藤悠輔 裁判官 岩松三郎 裁判官 入江俊郎)

昭和二九年(オ)第六五一号

上告人 寺谷伊之助

被上告人 株式会社 太道相互銀行

上告人の上告理由

第一点

一、裁判上ノ自白ヲ取消シ得ザルコトガ原則デ之ヲ取消スニハ其要件ガ厳格ニシナケレバナラナイ。即「自白ヲ為シタ当事者ニ於テ(イ)自白ニ係ル事実ガ真正ノ事実ニ適合セズ(ロ)且自白ガ錯誤ニ出デタルコトヲ証明シタル場合ニ限リ其ノ取消ヲ許スベキデアル。」コトハ大審院判例ノ明示スル処デアルト共ニ右(イ)(ロ)二点ヲ証明シナケレバナラナイカラ単ニ(イ)点ノミヲ証明シタダケデハ足ラナイ。必ズ右(ロ)点ヲモ立証シナケレバナラナイ。「自白ニ係ル事実ガ真正ノ事実ニ適合セザルコトヲ証明シタルノミニシテ其自白ガ錯誤ニ出デタルコトヲ証明セザル限リハ自白ノ取消ヲ許スベキモノ」デナイコトト大審院ハ判決セルハ当然ノコトデアル。(大正一一、二、二〇判例集一巻五二頁)

二、之ヲ本件ニ付看ルニ原判決ハ右(イ)点ニ付ノミ判断シタルモ右(ロ)ノ点即一審ニ於テ(A)何人ノ過失デ(B)又如何ナル事由ニヨリ過失ガアツタノカ(C)其過失ノ内容ハ如何ナル点ニテアツタカ等右(A)乃至(C)ノ具体的事実ヲ明ニスルニアラザレバ錯誤ニ出デタコトガ明確デナイノミナラズ此点ニ付何ラ証明ガナイ。原判決ハ単ニ「特別ノ事情ガ認メラレナイ本件ニ於テ右自白ハ錯誤ニヨリ為サレタモノト推認スベキデアル」ト判断サレテイルガ其立証責任者デアル被上告人ガ何ラ立証ヲ為サザル不法アルノミナラズ原裁判所ハ之ヲ補足シ「右自白ハ錯誤ニヨリ為サレタモノト推認スベキデアル」ト為シタノハ(イ)立証責任ヲ過ツテルノミナラズ(ロ)其ノ証処ナキニ拘ハラズ之アリトシ推認シタ不法ガアル。要スルニ右錯誤ニ出デタルコトノ証明ハ全然出来テ居ラナイニ拘ハラズ其証明アリトシテ自白ヲ取消シタコトハ右大審院判例ニ違反シ法令ニモ違反スル。

第二点

一、裁判上ノ自白ハ軽々シク取消サルベキデナイ。其自白ノ如キ重要ナ訴訟行為ハ(イ)一審被告ノ錯誤ニ出デタノカ(ロ)其訴訟代理人ノ錯誤ニ出デタノカハ重要ナ点デアル。

二、然ルニ原判決ハ右(イ)(ロ)何レナリヤニ付何ラ判断セズ漫然ト錯誤ニ出デタ旨判断シテイル。其ノ錯誤トハ当事者本人ガ思ヒ違ヒヲシタトカ訴訟代理人ガ本人ヨリ聞違ヲシタトカ其ノ錯誤ナルモノノ本体其ノ具体的事実ヲ明ニスル上ニ於テ何人ノ錯誤デアルカガ性質上当然明白ニシナケレバナラヌ問題デ右(イ)(ロ)何レデアルカハ錯誤ノ具体性又ハ其ノ本質ヲ示ス絶対必要要件デアリ裁判所ガ之ヲ判定スル上ニ於テ看過スルコトノ出来ナイ重要点ナルニ抱ハラズ原判決ハ何ラ当事者ノ錯誤トモ訴訟代理人ノ錯誤トモ明白ニセザル不法アルガ結局右ハ前示大審院判例ニ違反スルノミナラズ審理不尽カ判決ニ理由ヲ附セザルコトニ帰スルニヨリ法令ニモ違背スル。

第三点

一、裁判上ノ自白ノ取消ニ於ケル錯誤ハ民事訴訟法ニ於ケル独得ノ錯誤トイウモノガナイノデアルカラ其性質ハ民法所定ノ錯誤ニヨラナケレバナラナイ。

二、裁判上ノ自白ノ取消ニ於ケル錯誤ハ結局民法第九五条ノ要件ヲ具借シナケレバ許サレルベキデナイ。同条ニヨレバ「但シ表意者ニ重大ナル過失アリタルトキハ表意者自ラ其無効ヲ主張スルコトヲ得ズ」ト明白ニ規定シテ居ル。

三、本件ニ於テ係争手形ノ振出ヲ認メタリ其成立ヲ認メタリスルコトハ余程ノ「重大ナ過失」ガナケレバ之ヲ自白シナイコトハ常識上明白デアル。此常識上「重大ナ過失」ニ基イテ為サレタコトハ何人モ否定出来ナイ以上上告人ガ右ハ民法第九五条ノ「但書ガ適用アル」ト主張スルトセザルトヲ問ハズ裁判所ハ自ラ進ンデ此常識上明白ナル「重大ナル過失」デアルカナイカ即民法第九五条但書ノ適用アルカナイカニ付判断シナケレバナラナイ。然ルニ原判決ハ此重要ナ点ニ何ラノ判断ヲシナイデ其儘錯誤デアルト判断シタノハ法令ニ違反シタ不法ガアル。否本件ハ明ニ「重大ナル過失」デアルカラ同条但書ニヨリ被上告人ハ此無効ヲ主張シ得ナイニ拘ハララ之ヲ容易ニ認容シタノハ同法条但書ヲ無視シタ法令ニ違反シタ不法ガアル。

第四点

一、原判決ハ福川正次ガ常務取締役岡村甚一郎不在中無断其肩書氏名ノ記名印ヲ押シ同人ノ机ノ抽斗ニアル同人ノ印章ヲ押捺シ本件手形中岡村ニ関スル部分ヲ偽造シタ旨判定シタ。

二、然シ乍ラ原判決ハ右福川ハ会社ノ如何ナル地位権限ニアル者ナリヤノ重要ナル点ニ付何ラ判断シテイナイ。苟モ会社ノ常務取締役ヤ其取締役ノ名下ノ印ヲ使用セントセバ使用シ得ル手近ナ関係ニ立ツ者デアルトスレバ仮令右岡村ガ不在中トハイヘ何ラカノ深イ関係アル地位ニアル者ト推認セラルベキデアル。手形ハ必ズシモ本人自ラ署名捺印スルヲ要シナイ。何人カ之ニ代ツテ為シ得ルコト勿論デアル。

然ルニ原判決ハ単ニ本人不在中デアリ特ニ当時其承諾ナカツタコトノミハ判断シタガ是ダケデハ足ラナイ。福川ナル者ガ其身近ニ於テ之ヲ取出シ持出シ得ル関係ニアル者ナレバ其地位ヤ平素ノ一般ノ権限ニ付何ラカノ判断ヲシナケレバナラナイ。

三、加之手形ノ如キ重大ナ証券ニ何人カ無意味ニ他人ノ記名ヲ為シ其捺印ヲスル者ガアロウカ。其結果重大ナ結果トナリ之ヲ取得スル第三者ニ重大ナ利害ヲ与エルモノデアルコトハ世ノ常識アル者ノ何人モ予知スベキ事柄デアル。福川ガ其手形ヲ作成スルコトハ無意味ニ為サレタモノト解スベキニアラズ何ノタメニ為サレタカ有意義ニ解スベキデアル。然ルニ原判決ハ単ニ岡村不在中無断右手形ヲ偽造シタト為ス如キハアリ得ベカラザル無意味ナ手形ヲ交付スルガ如キ非合理非常識ノ手形ヲ交付スルコトハ社会実験則ニ違反スル観念デアル若シ此クノ如キコトヲ認容センカ世ノ中デ他人カラ手形ヲ受取ルトキハ一々其本人ニ会ツテ手形ガ本人自身ニテ作成セリヤ否ヤヲ確カメナケレバナラナイコトニナリ手形本来ノ流通使命ト其信用ヲ阻害スルコトトナリ手形法ノ大原則ニ違反スル不当ノ結果トナル。日本国民ハ其基本的人権ノ享有ヲ妨ゲラレナイコトハ憲法第十一条ノ明定スル処デアル。手形ヲ取得シ之ヲ行使スルコトモ其基本的人権ノ一ツノ現レデアル。国民ノ有スル財産権ハ無意味ニ浸サレテハナラナイコトモ亦憲法第二九条ノ明定スル処デアル。上告人ノ有スル財産権ノ一デアル手形ハ固ヨリ有意義ニ有シテル筈デアル。「福川ガ本人不在中記名捺印シタカラ偽造デアル」トイウガ如キ無意義ナ判断ヲ為シ手形ノ流通ト信用ニ背馳スル判定ヲ為シ上告人ノ有スル財産権ヤ基本的人権ヲ無意義ニ侵サレルコトハ上告人ノ断ジテ承服出来ナイ処デアル。何人モ裁判所ニ於テ裁判ヲ受ケル権利ヲ奪ハレナイコトハ憲法第三二条ノ明示スル処デアル。右手形ハ本人不在中福川ガ記名捺印シタカラ偽造トナルニハモツト福川ト本人ノ関係福川ノ地位権限ヲ明ニシ手形ガ無意味ニ出サレル筈ガナイトイウ手形ノ大原則ニ基イタ説明ヲ国民ニ承服納得セシメル裁判ヲ受ケル上告人ノ権利ヲ保護シテ貰ヒタイ。原判決ハ此点ヲ裁判シナカツタ遺脱アルコトハ憲法第十一条、第二九条、第三二条ニ違反スルモノデアル。

叙上ノ事由ニヨリ大審院判例、憲法其他法令ニ違反スル原判決ハ破棄セラルベキデアル。

以上

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